元・陸上幹部自衛官の13年間の奮闘記

ダメダメ大学生だった元陸上自衛官の13年間の自衛隊での経験や教訓を共有するブログ

【元空挺隊員が語る】陸上自衛隊第1空挺団での幹部自衛官としての勤務シリーズ⑧ 〜がむしゃらに働いた“痛い”代償〜

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おはようございます。

元・国防男子大吉です。

 

ご無沙汰しております。

夏休みも終わり、久しぶりの投稿になります。

 

今日は空挺団での勤務シリーズで、先回の記事の続きについてお伝えしたいと思います。

順番がバラバラになってしまいすみませんm(_ _)m 

先回までの話

空挺団のある中隊に配属されて3ヶ月目に、中隊長が入院。

もう一人いた幹部自衛官うつ病になってしまい、

未熟な僕は、2等陸尉という階級で超多忙な空挺団の中隊で幹部1人で90名の中隊を率いていかなければならなくなった。

その期間は、約5ヶ月。

その5ヶ月の間に中隊長の死を含めて色々な出来事があった。

そして、やっと新中隊長の着任時期がやってきた。

 

まだ、前回の記事を読んでいない人は、下の記事も是非読んでみてください!

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待ちに待った新中隊長の着任 

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陸上自衛隊第1空挺団公式HPより引用)

防衛省の定期異動日の3月23日

待ちに待った新中隊長の着隊。

 

約5ヶ月間、幹部一人で90名の隊員をまとめてきたがやっとこのプレッシャーから解放される・・・

でも、とても楽しい5ヶ月だった。

だって、2等陸尉というペーペーの階級で中隊長の代理をできたのだから。

中隊長の代わりとして毎日朝夕に隊員たちから敬礼を受け、隊員たちの前で話す

服務、保全、訓練、兵站あらゆる中隊の業務を経験し、

次年度の隊務運営計画も一人で作成した。

 

人生で最も充実していた5ヶ月。

人生で一番自分の成長を実感できた5ヶ月。

 

乱れに乱れた生活習慣

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中隊長がいなくなってからの5ヶ月間は忙しかったこともあり、

生活習慣はかなり乱れてしまっていた

 

朝起きて、職場に行く途中のコンビニでおにぎりとパンと野菜ジュースを買って出勤して職場で食べる。朝食のメニューはいつも同じ。

仕事の休憩時間には、缶コーヒーを毎日3〜5本くらい飲み、基本的に水やお茶は飲まない。

つまり、1日の水分摂取は野菜ジュース、缶コーヒー、プロテイン、酒がメイン。

真夜中にトレーニングジムに通い、トレーニングが終わった後は深夜に行きつけの洋食店で外食をしてお酒を飲んで帰る

トレーニング中・後には、プロテインを大量に摂取。

そして、毎日の睡眠時間は3〜4時間と体を酷使

 

恐らく血液はドロドロで、この生活を継続していたら脳卒中などの大病になってもおかしくなかった。

 

今考えると恐ろしいほどの不摂生

 

こんなに異常な食生活をしていた。

幹部一人で中隊を背負っていかなければならなかった責任、

途中で絶対に潰れられないプレッシャー、

色々な思いがありがむしゃらに生活をしていた。

公私ともに、毎日の生活が自転車操業状態だった。

 

がむしゃらに働いた代償

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そんなこんなで、なんとか新しい中隊長の着隊まで幹部一人で踏ん張ることができた。

 

新中隊長が着任して、1、2週間後のこと。

 

腰から脇腹にかけてズキン、ズキンと何とも言えない痛みが・・・

便意を催すんが、トイレではない。

しかし、しばらく時間が経つと痛みは嘘のように消えた

 

なんだろう??

 

健康に関して無頓着だった僕は、

痛みは暫くしたら消えて無くなるし、

一時的なものだろうと思って暫く病院には行かなかった。

 

新中隊長が着任したとしても、まだまだ幹部としての仕事は沢山あった。

中隊長にこれまでの中隊の状況を知ってもらう必要があったし、

訓練や隊員たちの状況についても引き継がなかければならない。

そして、中隊長が着任したことで、

中隊の訓練計画作成や小隊長としての本来の職務により集中しなければならなかった。

 

更には、空挺団に所属する幹部として「空挺レンジャー課程」にも

入校しなければならなかった。

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陸上自衛隊第1空挺団公式HPより引用)

新中隊長が着任しても相変わらず忙しい日々は続いた。

 

そんな中、腰のあたりの痛みが出たり引いたりする日が続いた

でも、まだ耐えられないほどの痛みではなかった

  

痛みが出始めて1週間ほど経過。

 

「腰のあたりが痛くなったら仕事に集中できない・・・」 

 

中隊長に事情を説明して平日に休みをもらって病院に行くことにした。

当初は、腰痛だと思って千葉県では有名な整形外科に行った。

でも、原因がよくわからなかった

 

おかしい・・・

 

こんなに激痛があるのに何でわからないのか?

 

今度は、そうであってほしくなかったが、

もしかして内蔵系かな?と思って外科に行ってみた。

でも、原因はわからなかった。

 

やっぱりおかしい・・・

 

痛みが出たときには、のたうち回るくらいの激痛

しばらくすると、何もなかったように痛みは消えてしまう。

 

そんなこんなで、暫くの間様子を見てみた

大きい病院に行って精密検査をしたほうがいいかな?と思いながら。

“尿路結石”ということが判明

そして、ある金曜日の夜のこと。

 

仕事を終えていつもどおりトレーニングジムに通い、

夜の2300頃から千葉県から神奈川に住む彼女の家に車を走らせた。

時間は車で2時間ほど。

仕事とトレーニングで疲労していたので、運転すらも辛かった。

 

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(出典:http://www.sumitomo-rd-mansion.jp/shuto/oimachitower/access02.html

すると、運転中に首都高の渋谷IC辺りでまたあの激痛が・・・

道路は渋滞しててなかなか前に進めない。

運転の体勢を維持するのが難しいくらいの激痛が襲ってきた。

リクライニングシートを調節しながら、少しでも運転しやすい体勢を探す。

 

激痛のため、冷や汗をかき、吐き気を催した。

 

首都高の途中で降りても深夜で病院が見つからないと思ったので、

我慢をしてとりあえず次の港北PAまで我慢して運転することにした。

 

意識が朦朧とする中で、なんとか車を走らせた。

 

すると、港北PAに到着する前に痛みが和らぎはじめ、

彼女の家に到着するまでには痛みはすっかり消えてしまっていた。

 

とりあえず、事故をせずに済んで良かった。

 

何なんだ?この痛みは・・・

 

昔、父親が腰痛について話していたことを思い出した。

「お父さんの友達の子供が、腰が痛いと言って暫くして亡くなったらしい。」

「病院に行ったら大腸がんが見つかってな。年齢は31歳。若いよな〜」

「若いときは、がんの進行が早いからな。すぐに亡くなったそうだ。」

 

腰痛が出始めてから、いつもこの父親の言葉が頭をよぎる

 

もしかしたら、大腸がんかも・・・

 

そのことを考えると不安でたまらなかった

 

その日、彼女の家に無事に到着したのが夜中の1時頃。

当時、看護学生だった彼女はまだ勉強をしていた。

 

そして、就寝。

 

しばらくして、腰の辺りにまた鈍痛が始まった。

 

「またか・・・」

 

今回の痛みは、尋常ではなかった。

 

激痛で顔は真っ白

冷や汗をかいて、呼吸もまともにできないくらい。

 

もう無理!!これは、救急で病院かな・・・」

 

彼女の勧めもあり、救急車を呼ぶのが嫌だったので痛みが少し和らいだときに

車を自分で運転して近くの大学病院の救急にかかることにした。

 

彼女の家から病院までは、車で20分くらい。

 

車を運転するのはかなり辛かった

 

運転している途中、痛みがMAXとなり意識が朦朧としてきたので、

運転は危険と判断して事情を話して途中のコンビニに車を置かせてもらい、

タクシーを呼んで病院に行くことにした。

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(出典:https://www.residentnavi.com/hospitals/286

そして、大学病院に到着して受付。

対応してくれた看護師に症状を話したが、深夜で担当医もいなかったので、

とりあえず病院のベッドで休むことに。

激痛で正常な呼吸ができなくなり過呼吸となったため、

ビニール袋を口に当てて呼吸をした。

 

トレーニングジムでの筋トレ、長距離運転、激痛で、かなり疲労していたので、

暫くして痛みが無くなったらすぐに就寝できた。

 

次の日。

朝の10時頃から外科の先生に診察をしてもらった。

MRIを撮ってしっかりとチェックしてもらった。

 

結果、尿路結石

尿道1mmくらいの結石が詰まっていた。

結石とは、シュウ酸カルシウムリン酸カルシウムなどの塊のことらしい。

 

あー、大腸がんじゃなくて良かった!

 

石が1mmと小さかったため超音波での破壊はできない

このため、尿と一緒に石も排出するしかなかった。

 

1日に最低2リットルの水を飲むことを勧められた。

たった1mmの石のためにこんな激痛に襲われることに驚いた。

 

尿路結石の原因は、食習慣

普段から水をあまり飲まないのと、

食事時間が不規則でいつも肉類を食べ

ビールを飲んでいたことや野菜不足などが原因だった。

 

確かにこれまでの生活を振り返ってみると、

仕事だけに集中して、自分の体の健康のことには無頓着だった。

仕事のストレスもあり、それを解消するのはいつも美味しい食事とお酒。

特に、肉とビールが大好き

独身だったので、給料は自分の好きなだけ使うことができた。

その結果、悪習慣が見についてしまい、いつの間にか体が蝕まれていたのだ。

 

最後に

僕はこれまで、

とても仕事ができて優秀な人が病気のために昇任の道から外れてしまったり、志半ばで亡くなってしまった人を沢山見てきました。

 

おそらく、この人たちも僕と同じように仕事だけに集中して自分の健康にはあまり留意をしてこなかったからかもしれません。

 

そして、不健康であれば当然、仕事のパフォーマンスは下がってしまいます。

僕の場合は、特に大きな病気ではなく、

尿路結石という症状として出てきたのが不幸中の幸いでした。

身をもってこれまで無頓着だった食生活を見直す契機を得ることができたので

 

このとき以来、食生活を見直して野菜中心の食事に切り替え、

これまであまり飲まなかった水やお茶も最低毎朝コップ一杯は飲むようにしています。

 

どんなに仕事が忙しくても、

自分の健康には細心の注意を払わなければならないことを痛感した出来事でした。

良い習慣の継続って本当に大事ですよね!

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

今日も皆様にとって良い一日となりますように!

 

元・国防男子 大吉