元・陸上幹部自衛官の13年間の奮闘記

ダメダメ大学生だった元陸上自衛官の13年間の自衛隊での経験や教訓を共有するブログ

【元空挺隊員が語る】陸上自衛隊第1空挺団での幹部自衛官としての勤務シリーズ③ 〜波乱万丈な中隊 その1〜

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おはようございます。

元・国防男子の大吉です。

 

先日、僕が空挺団で初めて訓練検閲を受けたときの記事を書きました。

その初めての訓練検閲が終了してから、

僕が所属していた中隊に次々と波乱が訪れました。

呪われていたのでしょうか?

今日は、その当時の中隊に起こった波乱についての記事を書きました。

 

前回の訓練検閲の記事を読んでいない人は、是非読んでみてくださいね。

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future-oriented.hatenablog.com

 

 

呪われてる?検閲終了後から波乱の連続

中隊長がまさかの入院

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検閲が終了して数週間後・・・

検閲以来、中隊長は体調が優れなかったため東京都世田谷区にある

自衛隊中央病院三宿駐屯地)入院してしまった。

 

訓練検閲では100km行軍中に、50km過ぎたところあたりで

倒れ込んでしまった。

そのとき、既に中隊長の体は病に侵されていたのだ。

そんな体調の悪い中で、隊員に不安を打ち明けることもなく検閲に参加した。

2年に1度、部隊の訓練練度を評価される訓練検閲

部隊(中隊)としても、この訓練検閲を目標に2年間の訓練を行ってきた。

中隊長という立場上、苦しくても途中で投げ出すことはできない

だから、かなり無理をされていたようだ。

 

しばらくして、中隊長はガンだったということを知った。

そして、発見したときにはすでにかなり進行してしまっていたようだ。

空挺教育隊の「降下長課程(JM)」へ入校 

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陸上自衛隊第1空挺団公式HPより引用)

 

訓練検閲が終了した後、僕も空挺団の幹部として「降下長課程(Jump Master)」に入校することになった。

 

降下長課程は、降下前に隊員の落下傘の装着要領を点検したり、

降下の際に航空機内で隊員を指揮したり、

航空機から投下するための車両や補給品の梱包要領を学習する。

教育期間は約1ヶ月

教育は習志野駐屯地内でやるのだが、部隊の勤務から暫く離れる

 

降下長課程の入校基準は、

降下を10回以上経験している必要があったが、

僕は着隊してすぐの入校だったため、

基本降下課程の5回と予備員降下の1回の合計6回の降下回数しかなかった。

入校基準を満たしていなかったが部隊に幹部がいなかったため、

降下経験不足でも入校せざるを得なかった

 

前回降下をしたのは、1年くらい前

大丈夫だろうか・・・

2等陸尉なので階級的に、班長としての役割を与えられ10名の隊員を

まとめなければならなかった。

陸曹隊員は、レンジャー課程を修了したのち降下長課程に入校するので、

集まった陸曹たちはレンジャー課程を修了した血気盛んな猛者ばかり。

そんな優秀な陸曹や他の幹部達と約1ヶ月の間、教育をともにした。

 

降下長課程を卒業したら、

空挺降下や物料梱包のスペシャリストとなる。

降下指揮」では、空挺降下に関する諸規則から詳細に学び、

航空自衛隊のロードマスターとの調整要領、降下前の降下準備要領、

航空機内での指揮要領などについて学ぶ。

そして、「重物料梱包」では、

空挺団の装備する各種車両や補給品の梱包要領、

航空自衛隊で航空機への搭載研修、

御殿場演習場で実際の重物料投下を研修する。

 

ちなみに、重物料梱包について少し紹介すると、

↓ このようなプラットホームと呼ばれる機材の上に

車両を積載してから梱包する。

地面に着地をした際に着地衝撃を吸収し、

装備品の破損を防止するタイプのもの。

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重物料はこんな感じで梱包する。

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そして、軽物料はこんな感じ。

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梱包要領はかなり複雑・・・

梱包要領は、各車両ごと異なるため

複数の梱包パターンがある。

梱包要領に関する説明書があるので、

それを見ながらミスをしないように梱包しなければならない。

梱包ミスをしてしまったら航空機事故に繋がるか、

落下した後に物料が衝撃で破損する。

 

航空機から投下された物料は、こんな感じで空に華ひらく

車両や補給品は人間と違ってとても重いので、複数の落下傘

を付けて投下するのだ。

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富士の御殿場演習場等で投下する際は、

地隙により重物料が横転して車両が破損

してしまうケースもある。

うそでしょ!?M3尉が来なくなった・・

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僕が降下長課程入校中、中隊長は入院。

そして、幹部は部内出身(陸士からの叩き上げ)幹部

M3等陸尉だけ。

僕が不在間の約1ヶ月、中隊にいる幹部はM3尉のみ

 

僕は、彼は空挺団で15年くらい勤務していたので、

ベテランで勤務要領もわかっているし、問題ないと思ってた。

しかし、あろうことかその僕が不在の約1ヶ月の間で、

M3尉はうつ病になってしまった。

初期の頃は病院に通院しながら出勤していたが、

とうとう部隊に顔を出せなくなってしまった

 

彼は、本当に心優しい

いつも穏やかで、ニコニコしていて、怒った姿を見たことがない。

当時は、彼も独身だったので、よく仕事帰りに夕食を共にした仲

僕よりも年齢は7歳年上で部隊経験も豊富だったのだが、

しっかりと階級を尊重して扱ってくれた。

幹部として空挺団で右も左も分からなかった僕を励まし、

多くの事を教えてくれた心強い存在

中隊長がこんな状態なので、2人で中隊を支えていこう

と話していたのに・・・

 

僕が降下長課程に入校中、

部隊を彼だけに任せっきりにしてたから・・・

 

彼は、陸士の頃からずっと空挺団勤務だったので

大丈夫だと思っていたのだが、

実はそんなことはなかった

 

部内(叩き上げ)幹部は、その立場上人間関係が大きな問題となる。

幹部自衛官となって他部隊に転属すれば問題ないのだが、

幹部となって同じ部隊に留まる場合は、しがらみが・・・

幹部になれば陸士や陸曹時代の先輩との立場が逆転する。

つまり、これまで指導をしていた先輩が今度は指導される方になってしまう。

もちろん、こういうことはどこの民間企業でもあることだろうし、

彼もそのことを覚悟で幹部自衛官となったのだろうが・・・

 

かつての先輩たちは、このことが面白くない。

「何で俺があいつの言うことを聞かないといけないんだ?」

と言うことになってしまう。

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後で聞いた話だが、

訓練に関して、空挺団本部からの圧力部下からの

突き上げ板挟みにあってしまっていたらしい。

幹部自衛官として勤務していると、良くあること。

彼は優しすぎる性格のため、団本部からの指示事項について、

かつての先輩達に「やれ!」とも言えず、

団本部の階級が上位の幹部にも「できません!」と言えず、

悩んでしまったのだ。

あぁ、何でもっと早く気づいてあげれなかったんだろう・・・

申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

空挺式?うつ病隊員に対する指導が凄すぎた!!

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中隊の先任上級曹長は、その部内幹部のM3尉が陸士の頃から指導をしてきた。

ちなみに、先任上級曹長はその部隊で陸曹・陸士隊員のトップで、

曹士隊員達をまとめる立場

自衛隊の階級的には 先任上級曹長 < M3尉なのだが、

昔の好みで 先任上級曹長 > M3尉という構図ができている。

 

このままでは中隊の幹部は、経験の浅い僕(大吉2尉)だけ

になってしまう・・・

僕にかなりの負担がかかってしまい、悪循環となることを恐れたのか、

先任上級曹長は、かつての部下で、

うつ病になったM3尉を呼び出して一喝

 

M、いい加減に目を覚ませー!!

 ( ゚∀゚)・∵. グハッ!!

 

事務室から先任上級曹長大きな怒鳴り声が響き渡った。

 

えぇー!!! 工エエェェ(´д`)ェェエエ工

 

耳を疑ってしまった

 

(先任、さすがにその指導はちょっと・・・)

 

うつ病の隊員に対して「いい加減に目を覚ませ!」

とは・・・・

通常では考えられない、常軌を逸した指導

流石、空挺団で30年以上も勤務してきた人だ

うつ病の隊員に対する指導もぶっ飛んでいた

 (;゚∀゚)=3ハァハァ

 そして一人しかいなくなった・・・激動の4ヶ月

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先任上級曹長の激烈指導がかなり堪えたのか、

M3尉はしばらく自宅療養となってしまった。

 

  • 中隊長は、ガンが見つかり自衛隊中央病院で療養中。
  • 副中隊長は、米国留学中。
  • 部内幹部は、うつ病で自宅療養中。

 

中隊で幹部は僕だけという最悪な状態になってしまった。

 

僕が、中隊に配属になって約4ヶ月が過ぎた。

そのうちの1ヶ月は降下長課程に参加していたため、

実質、部隊にいたのは約3ヶ月

部下は、約90名

 

2等陸尉に昇任して間もない未熟な僕にとっては

中隊のすべての幹部業務をして、

約90名の隊員を運用することは荷が重かったのは明らかだった。

 

副中隊長からの業務上の引き継ぎ事項は皆無

過去のデータも残してくれていない・・・

 ( ゚∀゚)・∵. グハッ!!

 

毎日、どんなことをすればいいのだろう・・・

路頭に迷いそうになった。 (´ . .̫ . `)

 

でも、僕が路頭に迷ってしまったら中隊は機能しなくなる・・・

幹部一人でもやるしかない。

 

毎日が自転車操業状態だったが、刺激的で楽しかった。

(≧∀≦)

自分は、まだまだ知識も能力も未熟

部隊を支えていく力は不足している。

だから、どうしても隊員達の協力が必要だった。

どうすれば隊員達の力を最大限に活用して、

部隊を効率的に運用できるかを考えた。

 

まずは、中隊の主要メンバーを集めて、

中隊としてこれからどうやってやっていくのか

を話し合うことから始めた。

つまり、中隊がこういう状態だから、中隊長の代わりとして

俺がしっかりと指揮を執っていくので、

足の引っ張り合いはやめてくれというのを伝えた。

 

そして僕個人としては、幹部としての業務は一人でも

しっかりとこなして

上司や隊員達の前では空挺団の幹部らしく振る舞うこと

を心がけた。

 

これができるようになったのは、上級陸曹のある指導のおかげ。

隊員の前で話すときに、敬語を使って話すと上級陸曹から怒号

飛んでくる。

 

「何で、俺たちに敬語を使ってんだよー。」

「そんなんじゃ、誰も付いて来ねーぞ!」

「「やってください」じゃなくて、「やれ」って言うんだよ!」

 

このアドバイスありがたかった

初めはイラっとしたが、全隊員の前でそう言われることで、

全員に対して堂々と命令できる環境になった。

もしかしたら、急に僕が猛者たちの前で命令口調で話したら、

血気盛んな隊員たちは「何を偉そうに!」と思うだろう。

言わば、上級曹長から「隊員の前で話すときは、命令口調で話せ」との

お墨付きをいただいたのだ。

だから、隊員達もそれに対して文句を言うなと。

 

空挺団では、誰も経験豊富な上級曹長には逆らえない

上級曹長絶対的な存在

これがきっかけで隊員達の前では、

空挺団の幹部らしく振る舞えるようになった

 

当時の僕の生活はと言えば、

 

ほぼ毎日泊まりか、23時以降に帰宅する生活。

部隊に泊まるときは、中隊長室にあったソファーの上で

早く良くなってくれることを祈りながら就寝。

それから幹部自衛官は「降下長課程」を修了したら、

今度は「空挺レンジャー課程」に入校しなければならない。

こっちの準備もやらなければ・・・・

23時以降に帰れる時や休日には、

できる限りトレーニングジムに通った。

家に到着してから就寝するのは午前2時頃

そして起床は毎朝5時で、部隊まで走って通勤

駐屯地の起床ラッパが鳴るまでには駐屯地に到着し、

朝の6時から仕事を始める。

 

これまでの人生の中で一番充実していた日々だった。

 

  • 毎日、朝夕に隊員達の前に立ち敬礼を受ける
  • 2等陸尉の初級幹部であったが、毎週の定例会議で空挺団長に報告
  • 駐屯地朝礼の時など、空挺団全員が集まるときには他の2等陸佐の部隊長と同列
  • どんどん仕事や規則を覚えた
  • 資料の作り込みも上達した。
  • 自分が中心となり、自分の判断で部隊を動かすことができる

 

中隊長の代わりとしての役割もあったので、隊員との家族とも交流したり、

隊員から誘われた飲み会には忙しくても極力参加した。

 

そうしていくうちに、

隊員たちの僕に対する態度が大きく変わってきた

のを感じた。

  • 班で飲み会をやるときには、ゲストとして誘ってくれる。
  • 上級陸曹も飲み会に誘ってくれる。
  • 外出から帰ってきた隊員が、いつも事務所で仕事をしている僕に差し入れを買ってきてくれる。そして、声を掛けてくれる。
  • 隊員の実家からお歳暮が届く。
  • 僕が指示をすることには、文句を言わずに行動してくれる。そして、それをサポートしてくれる隊員が現れる。

僕が着隊当初は、

まだまだ未熟な幹部で隊員達から馬鹿にされていたと思う

隊員達の殆どは、レンジャーを卒業した猛者たち。

僕とは、経験した修羅場の数が違う。

 

でも、一生懸命やっている姿を見てくれて仲間として、

中隊長の代わりとして僕を受け入れてくれた。

 

この波乱を乗り越えたことで自分にとってかなりの自信となり、

幹部候補生学校からずっと勉強していた「リーダーシップ」について、

どう行動し、振る舞えば隊員が付いて来てくれるのか

を体感できた。

 

次回は、今回の続きの記事を書きたいと思います。

 

最後まで読んでくれてありがとうございます。

今日も皆様にとって良い一日となりますように。

 

元・国防男子 大吉