元・陸上幹部自衛官の13年間の奮闘記

ダメダメ大学生だった元陸上自衛官の13年間の自衛隊での経験や教訓を共有するブログ

僕の幹部候補生学校での大失敗 〜情けなく、悔しすぎて森の中で泣きました〜

f:id:future_oriented:20180710152853j:plain

陸上自衛隊公式HPより引用)

 

おはようございます。

元・国防男子の大吉です。

 

今日も、幹部候補生学校シリーズをお伝えしたいと思います。

 

今でも僕にとって一番印象に残っている失敗談です。

 

思い出すだけで、今でも悔しい・・・情けない・・・・

 

でも、その失敗の印象が深かすぎたので、部隊で同じ失敗をすることがなかったんです。失敗から学ぶことは重要ですよね。

 

どうか、僕の失敗から「信頼されるリーダー像」を学んでください。

 

最後の総合訓練で犯してしまった大失敗

f:id:future_oriented:20180701093541j:plain陸上自衛隊公式HPより引用)

 

幹部候補生学校の総合訓練は、80km行軍(当時)から最後は普戦協同の小隊の攻撃で終了する。

当時、僕にとっての80km行軍は、これまで経験したことのない未知の世界

 

総合訓練に至る前に10km,40km行軍の訓練をしていたが、いつも行軍をするだけで体がボロボロになってしまっていた。

 

行軍はかなりきついが、戦場に行くための単なる徒歩移動に過ぎない。

戦場に至るまでに心身を如何に良好な状態に保てるかが、今後の作戦に大きく影響してくるのだ。

 

当時の僕は、まだ行軍の要領を得ておらず、歩いたら必ず足裏に激痛が走るし、背嚢(はいのう)と小銃を携行すると、腕が締め付けられて鬱血し、両腕が痺れてしまっていた。

走ったりする体力には自信があったのだが、荷物を担いで規則正しく移動する行軍には、苦手意識を持っていた。

 

(また、今回も足の裏や肩が痛くなるんだろうか・・・)

(少しでも、体が良好な状態で歩ききりたいな・・・)

 

そんな不安ばかりを抱えていた。

 

 

そして、総合訓練の初日。

幹部候補生学校から、大型トラックの荷台に乗ってスタート地点まで移動。

スタート地点がどこだったかは忘れてしまったが、80km行軍中は、天気もよく、周りの景色を楽しみながら歩くことができた。

 

沿道での地元の方々の声援や散歩中の保育園児達に励まされながらね。

 

行軍の途中、銃を持てなくなった同期がいて、その同期達の小銃プラス2丁を持って歩いたりもした。(でも、基本的には自分の小銃は自分が持つのが当たり前。自分の身を守るためのものなので。)

 

行軍中もリーダーシップを取るために、先頭で区隊を指揮して歩く候補生も順番に決めて歩く。

先頭の者は、常に地図上でどこを歩いているのか、正しい経路を歩いているのかを確認しながら歩かなければならない。

 

そして、教官達は、今部隊が何処を歩いているのかと質問をしてくる。

 

僕が区隊の先頭で歩いていると、ちょうど区隊長が僕の横に来てくれたので、これからの進路の事やこれまでの教育の思い出話をしながら歩いた。

 

 区隊長:「お前は、普通科(歩兵)に向いている。体力もあるし、性格的にも。やり甲斐があるから、普通科がいいぞ。」

 僕  :「え〜ホントですかー?」

 

などと候補生最後の訓練で、普段中々話す機会のない区隊長と楽しく話しながら歩けたのは良い思い出だった。

 

(区隊長とも話ができ、このまま80km無事に歩き終わって、最後の小隊の攻撃をやって終わりだー!

 

自分の中で完全に気が緩んでしまったのかもしれない。

 

 

ビバーク(大休止)の地点に到着したのは、夕方

あたりは、すでに薄暗く、周りがよく見えない

 

80km行軍の途中、ビバーク(大休止)があって、森のなかで少し長めの休止を取って体力を回復させる。

個人用の簡易テントを張り、地面にクッションを敷いて数時間の仮眠を取る。

 

朝から歩き続けているので、予想通り足の裏に激痛が走る。肩も痛い・・・

 

(あー、やっと長い休憩ができる!)

 

(ササッとテントを張って、足のマメの手入れをして早く休もう。次の行動に備えて、できるだけ体力を回復させるないと・・・)

 

(それから、行軍中は、暑さと疲労で食欲が無かったから、今のうちにしっかり栄養補給をしないとな・・・おっ、そうだ。仮眠を取る前に、夕食のパンを食べて・・・)

 

その時は、朝から晩まで歩き続けて、やっと長い休憩ができるという安堵から、完全に気が抜けてしまっていた。

 

個人用の簡易テントを展張し、地面にマットを敷いて、寝床が完成

  

そして、僕が夕食のパンにかぶりついていた時、

 

ピカッと懐中電灯の光が僕の顔に当たった。

 眩しくて、誰が照らしているのかわからない。

 

(誰だ??眩しいな・・・)

 

数秒の沈黙の後、

 

何をやってるんだっ!!という区隊長怒鳴り声

 

そのとき、自分のやらかした失敗に はっ!! と気づいた。

 

周りを見てみろー!今、どういう状況だぁ?

 

 

まだ、暗闇で簡易テントを展張している同期が数名いるようだ・・・

 

頭の中は真っ白になり、何も考えることができず・・・

 

パンを食べるのをすぐにやめ、まだ個人用のテントを建てている同期のところに急いで近寄り、同期が全員終わるまで仮眠準備を手伝った。

 

区隊全員の仮眠準備が整い、呆然として自分の寝床に戻った・・・・

 

完全に自分のことだけしか考えていなかった・・・

周りが全く見えていなかった・・・

同期が役職に就いて指揮をしているのに、自分は列兵と化してしまっていた・・・

本当に情けない・・・そして、恥ずかしい。

 

僕より体力のない同期は、もっと疲れているだろうに・・・

足を引きずりながら、歯を食いしばって歩いていた同期もいたのに・・・

 

今まで何を学んできたんだ?

教官達がこれまで一生懸命教えてくれた一番大切なことを忘れて。

 

なぜ、自分のことだけしか考えず、あんな馬鹿な行動を取ってしまったのか?

もっと同期を助け、励ましてあげるべきだったのに・・・

 

自分の心の未熟さが情けなすぎる。

 

そして、教官達に申し訳無さすぎる。同期にも・・・

 

 

毛布に包まったが、自分の未熟さが情けなすぎて、全然寝れなかった。

 

ビバークが終わるまで、暗闇の中で泣きながら猛省した・・・・

 

そして、このような過ちは二度としないと心に決めた。

 

部隊でこの失敗を最大限活かすことができた

 

f:id:future_oriented:20180710160920j:plain陸上自衛隊公式HPより引用)

 

この失敗は、今でも鮮明に覚えている。

それくらい、自分にとって情けなく、悔しい失敗。

 

今でも、区隊長の怒りながらも悲しそうな目が脳裏に焼き付いている。

行軍している最中に、区隊長と同じ職種の「普通科」に誘ってもらったのに・・・

 

人間は、本当に辛くなったら本性が出る。

 

正にそのとおりだった。

 

まだ、リーダーとしての器には達していなかった。

 

僕は、幹部候補生学校を卒業後、部隊で行軍訓練を始めとする数々の厳しい訓練をしてきたが、同じ過ちを繰り返すことはなかった。

 

どんなに体力的にきつくても、精神的にきつくても、

そういう状況のときこそ、

  • リーダーとして周りを見る。
  • 部下を見て、声をかける。
  • 部下の前では、きつそうな顔や素振りを見せない。
  • 絶対に弱音を吐かない。

 

なぜなら、これができなければ、

  • 部下との信頼関係が崩壊してしまう。
  • リーダーとしての資格がなくなる
  • 自分自身が一生後悔するのがわかっているので。

 

これは、僕の幹部候補生学校で経験した一番苦い失敗から学んだ教訓

 

 

もし、僕が幹部候補生学校の総合訓練でこの失敗をしなかったら、僕は部隊で同じ失敗をして、部下からの信頼を失っていたかもしれない。

部下を持っていない時に、失敗を経験しておいて良かった・・・

 

この悔しい失敗があったからこそ、リーダーとして成長することができたと思っている。

 

だから、

には、

 

幹部候補生学校では、沢山チャレンジをして大い失敗をしてほしい。

成功体験より、失敗体験のほうが印象に残り、忘れることはありません。

 

失敗から教訓を学び、部隊でのリーダーシップに活かせればいいと僕は思います。

 

 

 

最後まで読んでくれてありがとうございました。

今日も皆さんにとって良い一日となりますように。

 

元・国防男子「大吉」